ADHDである自分と向き合うということ #ホメ療法 #ADHDあるある

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花の文化園のひまわり

Canon EOS Kiss X7 (250mm, f/5.6, 1/320 sec, ISO100) at 11:07 on 2018/07/22

みなさんこんにちは。さかのうえのまろ(@sakanoueno_maro)です。

ぼくが最初に心療内科で「うつ」と診断されたのは、2006年のことでしたから、もう10年以上前のことになります。

うつになった原因はよく分かっていませんでした。

当時勤めていたのは小さなIT会社でした。会社が拡大路線をとり、メンバーが急に増えた時期と重なっているので、人間関係のストレスがあったのかもしれません。

ある日突然、心がポキっと折れたことだけは覚えています。それ以来、自分では何ひとつできなくなり、何ひとつやろうという気力すらなくなりました。

3か月の休職期間の後に職場に復帰しましたが、ほどなくうつが悪化。またしばらくして半年間の休職を経験しました。休職してもうつはよくならず、クスリを飲みながら、だましだまし会社に行く、という日々が続きました。

自分のカラダとココロをだましだまししながらの日々と生活。カラダとココロの調子を崩して会社を休んでしまうことが多々ありました。

認知テストを受けた

心療内科との付き合いも長くなってしまいました。

体調がおかしくなるたびに主治医に相談をし、クスリを変えてもらっていました。

最初はSSRIといわれるタイプの新薬であるパキシルを服用していました。副作用に悩まされ、その後、少し古いタイプの三環系抗うつ薬を服用してもみました。その後、現在に至るまでサインバルタというクスリを服用しています。

抗うつ薬と呼ばれるクスリのうち、著名なものはすべて服用したかも知れません。でも、クスリを変えたところで、うつの症状は一向に改善されることはありませんでした。

そんな中、主治医が認知テストを受けてみることを勧めてくれました。うつの症状が続いて10年以上、とても長い期間うつに苦しめられてきて、わらをもすがる思いで受けたことを覚えています。

ただ、認知テストの結果については、主治医からぼくに対して詳しく告知されていませんでした。

IQは普通よりも非常に高いこと、しかも、ある側面は普通の人と比べて勝っているのにもかかわらず、ある側面が普通の人と比べて劣っていることを伝えられました。しかし、何が人と比べて劣っているのかについては教えてもらえませんでした。

認知テストを受けた本人には詳しい結果は伝えないことになっている、と言われました。その時は「そんなもんなのかな?」ぐらいにしか思っていなかったのです。

自分自身に戸惑う

今年になってから会社の配置転換があって、仕事の内容が一部変わりました。ぼく自身にとって新しい環境になることで、うつの症状が少しでも改善されればいい、そういう期待がありました。

ところが、これまであまり気にしていなかった、あまり感じたことがなかった「自分自身の性質」に戸惑うことが多くなりました。

最初に気がついたのは、電話の応対がうまくできない、ということ。もともと電話が苦手、ということはありました。

電話で相手の話を聞きながらメモを取りますが、メモを取っていると相手の話を聞くのがおろそかになり、相手の話をじっくり聞いているとメモを取る手が止まってしまいます。

話が長くなると集中力がなくなり、「上の空」になってしまいます。電話をしながら別のことを考えていたりすることが増えました。そんな感じなので、相手の話を理解できるはずがありません。

集中して仕事をしている最中に電話がかかってきて、相手と話をして電話を切ったあと、それまで何をしていたのかすっかり忘れてしまっていることもあります。やっとのことで思い出して再び仕事を始めようとするのですが、いったん途切れてしまった集中力を再び取り戻すことができず、気が散ってしまうことが多々あります。

仕事で複数のタスクを同時に進めるということができない、ということにも気が付きました。

仕事というものは、大きなカタマリを細分化して、ひとつひとつの小さなタスクに落とし込みます。タスク同士の兼ね合いがあったり、他のメンバーや協力会社など第三者が介在するようなタスクは、いったん止めて他のタスクを先に進める、というようなことをしたりします。

ところが、タスクの優先順位を決めることができないのです。

あるタスクを進めているしている最中に別のタスクのアイデアが浮かんでしまい、本来なら今進めていなければならないタスクではなく別のタスクに没頭してしまい、もとのタスクのことを忘れてしまうということがあります。

結局のところ、あれもこれもとたくさんのタスクに手を付けてしまい、どれも中途半端に残ってしまう、ということになってしまいます。目の前にはたくさんのタスクの残骸が積まれてしまい、「どれもやらなくては」とうプレッシャーがのしかかり、どれから手を付ければいいのかわからなくなってしまうのです。

ミーティングや会議のときに自分の考えていることをうまく表現できない、ということにも気が付きました。話をしている最中に別のことを思いついてしまって、順を追って説明ができなくなってしまうのです。別のことを思いついても黙っていればいいのですが、黙っていなければならないと思えば思うほど、口に出して言ってしまいたくなる自分がいるのです。

そんな調子で、新しい環境での仕事に行き詰まりを感じるようになり、再びうつがひどくなってしまったのです。

うつではなくADHDだった

うつがひどくなり、朝起きることも困難になり、仕事ができないことを思い悩み、頭痛がひどく、余計にうつがひどくなる。うつのスパイラルに落ち込んでしまったようになってしまいました。

主治医に、うつがひどくなったこと、原因として思い当たるのは、仕事の内容が変わって「自分自身が戸惑っていること」だと伝えました。

このとき、主治医はぼくに対して初めて「うつの原因はADHDである」ということを告知しました。これまでADHDであることを告知してこなかったのは、一般生活を送る上で不便を感じていない人に対して、あえてADHDなどの発達障害を告知する必要がない、という考えからだそうです。

青天の霹靂でした。

長年「うつ」と戦ってきたつもりだったのに、ぼくが戦ってきた相手は「うつ」ではなく、実は「ADHD」だったのです。

確かに、今までの人生の中で「普通の人となにか違う」「普通の人と違うことを感じて生きにくさを感じる」という場面に出会ったことがあったのは確かです。ADHDという言葉は聞いたことがあったかも知れませんが、まさか、自分がADHDという発達障害を持った人だとは思いもよらなかったのです。

なんでもっと早い時期に分からなかったのか、せめて認知テストの結果が出た時点でなぜ教えてくれなかったのか。今までの10数年のうつとの戦いは何だったのか、症状が改善もされないのにクスリを飲み続けたのはなんのためだったのか。

パニックになりました。無駄な時間を過ごしてきたと思って、自暴自棄にもなりました。

このとき、ぼくの支えになったのは、家族の存在でした。子どもたちも大きくなったとはいえ、まだまだお金もかかります。三男坊はまだ高校受験を控えた中学生。このまま自暴自棄になって潰れてしまうわけにはいかない、現実を見据えて対処していかなければならない、そう思ったのです。

ADHDに関する書籍を何冊か読みました。ADHDとはどのような性質なのか、どのような傾向にあるのか。自分に当てはまるところを重点的に読み、どのようにして対処していけばいいのか知ろうと思いました。

不思議なこともあるもので、長くうつだと思っていたところが、うつの原因がADHDだったということが分かってから、人が変わったように元気になりました。

先月までは毎月のようにカラダとココロの調子狂わせて、体調を崩して会社を休んでたのに、今月は皆勤ペースです(2018年7月29日現在)。

主治医の治療方針が「うつ病」から「調子の好不調の波を大きくしない」ということに変わりました。そのため、服用しているクスリの種類が大きく変わリました。

ADHDだと知った時にはパニックにもなったし、自暴自棄にもなりました。なんでもっと早くに教えてくれなかったんだと思いました。でも、長年のうつの苦しみを知っているからこそ、そこにはもう戻らないという決心と、そこにはもう戻りたくないという決意が芽生えたんです。

自分は「うつじゃなかった」と知り「ADHDとうまく付き合っていこう」という気持ちに切り替えることができたのです。

ADHDの性質を知る

ADHDとは一体何なんだろう、ADHDであることでどのようなことに気をつければいのだろう?

何冊か読んだ読んだ本の中で、こちらの本がいちばん解りやすく、ADHDであることの性質に対してどのように対処すればいいのかについて、明確に書かれていました。

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こちらの本を読みながら、ADHDである自分自身の性質について考えてみました。

数字が苦手

小学生の頃にそろばん教室に通っていました。両親に勧められてのことだったのですが、まったく「そろばん」というものが理解できず、どうやって計算をするのかという方法が全く身につきませんでした。そろばんが使えないので「暗算」で計算をしてごまかしていたのですが、そもそも数字が苦手で、1桁や2桁の計算を暗算でできても、3桁4桁になるともうムリです。

IT会社に勤めて、プログラミングやシステムの設計を仕事としている今でも数字は苦手です。プログラミングやシステムの設計といっても数字を意識することがあまりないということで、仕事としてこなすことができているということもあるかとは思います。

売上がどうとか、利益率がどうとか、そういう話になると滅法ダメです。

運動が苦手

鉄棒や体操などの運動はまったくもってダメでした。友達はみんなうまくできているのに、なぜ自分はできないのだろう?と不思議で仕方がなかったのです。

小学校4年生になるまで、逆上がりもできませんでしたし、泳ぐことも全くできなかったのです。

それではあまりに情けないなと、幼い頃のまろ少年が思ったのかどうかは覚えていませんが、夕方暗くなるまで鉄棒で逆上がりの練習をひとり残ってやっていたことを覚えています。黙々と、ただひたすら、逆上がりの練習をしていました。

これも今思えばあとで書く「過集中」なのかもしれません。

水泳もそうでした。母の実家から海が近かったので、夏休みは毎日のように海で泳いでいました。小学校4年生のときに、何を思い立ったのか、突然平泳ぎの練習を黙々とやり始めたのを覚えています。

その甲斐あってか、夏休みが終わった頃にはずいぶんと泳げるようになりました。6年生のときには、市の水泳大会の平泳ぎの部で小学校代表に選ばれたこともあります。

あと、球技がまったくダメでした。ドッジボールもサッカーも、そして野球も。

体の使い方がまったく解らなくて、どう動けばいいのか理解もできなくて。これも調べてみると ADHDの仕業なんですね。

スポーツが面白いと思い始めたのは、大学生の時に始めた硬式テニス、社会人になってから始めたスキーです。スキーにいたっては、滑ることができるよになってくると、面白くて面白くて、夏・冬のボーナスすべてをスキーの道具につぎ込み、年間20日間位はスキー場に通っていました。

お金をすべてつぎ込んでしまうというのも、ADHDの性質なのかもしれませんw

硬式テニス、そして、スキー。初めて人並みにできるスポーツに巡り会えて、少しだけではありますが、自分にプライドを持てるようになってきました。それまでは「自分には運動・スポーツはできない」というコンプレックスしかありませんでした。

過集中

自分がADHDであることを知ったのはごく最近のことですが、ADHD関連の書籍を読み、ある程度詳しくなってくると、子どもの頃の自分はやっぱりADHDだったのだろう、そう思えてくるようになりました。

ADHDという発達障害を持ちつつも人並み以上に成績が良かったのは、小学校の時の先生のおかげかも知れません。

授業のときの先生の話が面白かったから、注意力散漫なぼくでも、集中して授業を受けることができたのだと思います。

家ではまったく勉強しない子どもでしたが、不思議と成績だけは良かったのは、そういうことがあったからかも知れません。

過集中は今でもそうです。集中し始めるといつまでもやり続けることができます。仕事でも趣味でもそうです。ただ、過集中になると、非常に疲れます。それだけ神経を集中させているので、かなり精神的に疲れるのだと思います。

花の文化園のひまわり

Canon EOS Kiss X7 (35mm, f/1.8, 1/500 sec, ISO100) at 11:26 on 2018/07/22
まろ
過集中で狙い続けたひまわりの花びらの縁。

先送り

小学生の時、夏休みの宿題を8月30日頃から始めていたのもADHDの傾向である「嫌なことを先送りする」っていう性質だと気が付きました。

ぼくの場合は宿題を提出しないというとはなく、「夏休み明けの最初の授業がいつだからそれまでにやればいいや」っていう打算がありました。

まろ
その「打算」のおかげで、最後は泣きながら宿題をするわけですが。

追い込まれてからやるので集中力が必要なんですが、これも持ち前の「過集中」で乗り切ってたんでしょうね。

ADHDの人はこの「先送り」という、嫌なことや億劫なことにはなかなか手をつけないという傾向と性質をもっており、ぼくもそれにきれいに当てはまります。また、ぼくの場合は完璧主義的で潔癖性なところもあるので、できなかった自分を責めて「うつ」になったんだ、ということにも気が付きました。

衝動性

もしかすると子どもの頃からもそうだったかも知れませんが、突然、デスクの上を整理したくなる衝動に襲われることがあります。たいていの場合、目の前の仕事を片付けなければならない状況に追い込まれたときなのですが、8月29日頃の「まろ少年」も机の上を片付けていたかも知れません。

突然仕事中にデスクの上の整理やディスプレイの配置を変えたくなって行動に移すのは、仕事という「嫌で億劫なこと」を「先送り」したいという気持ちの現われと、「衝動性」で説明がつきます。

昨年、突然思いついたようにカメラを始めたのも、ADHDの衝動性が原因なのかな?とも思ったりします。また、このブログも3年前に衝動的にはじめました。これもADHDの衝動性であることが原因かも知れません。

衝動的に何かを始めたくなるという半面、飽きっぽいという性格も持ち合わせています。飽きっぽい性格がADHD由来なのかどうかは分かりません。

でも、カメラの趣味もブログも、今のところは長続きしてライフワークになりそうな気がしています。

自分を認知することで不得意なことを克服したい

花の文化園のひまわり

Canon EOS Kiss X7 (250mm, f/5.6, 1/400 sec, ISO100) at 11:11 on 2018/07/22

ADHDであることを今さら否定することはできませんし、治すことも難しいです。ADHDの治療薬としてコンサータストラテラというクスリもありますが、ぼくはそれらのクスリを服用して症状を緩和させるのではなく、ADHDとうまく付き合って、ADHDを自分の性格として受け入れようと考えました。

今は、抗うつ薬のサインバルタを減らして、ラミクタールという双極性障害(躁うつ病)のクスリを服用しています。極端な気分の落ち込みや、極端な高揚感を防ぎ、できるだけ気分の大きな波を減らすためです。

ぼくにとっては、ADHDの症状を緩和するよりも気分の波を減らすほうが生きやすいと考えました。実際、クスリを変更してからとても快調です。

ADHDの治療薬のコンサータやストラテラを否定するものではありません。クスリにはその人に対して効果が高いものと低いものがあります。コンサータやストラテラを服用して楽になっている人もたくさんいます。

クスリの服用で気分の落ち込みや高揚感を抑えると同時に、自分がADHDという性質をもった人間であるということを認識し、ADHDとうまく付き合うことで、苦手と感じることにうまく対処していければと考えています。

ある物事に対して苦手と感じる自分を否定的に捉えて落ち込むのではなく、

まろ
苦手なことがあってもいい、だって人間だもの

と思えるようになろうとしています。そのためには、どんな些細なことであっても「自分を褒める」ということを怠らないようにしようと思っています。

ADHDであるということがわかってから、たまたまTwitterで「#ホメ療法」というタグにめぐりあいました。このタグをつけて自分のことを褒めるのです。そして、このタグが付いたツイートを見かけたときは、そっと「いいね」を押すのです。

そうやって、自分を褒め、そして、他の人がどんなことで自分を褒めているのかということを知り、苦手なことを「克服」まではいかなくても、せめて「うまく付き合って行こう」と思っています。

いわゆる「画像直リンク」、画像の複製は固くお断りいたします。
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