うつ病じゃなかった!ADHDでも楽に生きていくための方法を考えたい

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みなさんこんにちは。さかのうえのまろ(@sakanoueno_maro)です。

つつがなく過ごしていらっしゃいますか?
つつがなく毎日過ごせるということは幸せなことです。

ちなみに、「つつがなく」の語源をご存知ですか?

つつがなく、とは、

ツツガムシ病に罹ることなく

という意味だそうですね。

ツツガムシ病とは、ツツガムシというダニの一種が媒介する病気(感染症)のことです。放置したり処置が遅れると死に至ることがあるということですから、なかなか激しい病気ですね。

ぼくの記憶が正しければ、「つつがなく」が日本の文書に一番最初に現れたのは、聖徳太子が遣隋使の小野妹子に託して随の皇帝・煬帝に送った書簡です。その冒頭で、

日出処の天子、書を日没する処の天子に致す。つつがなきや、云々

という表現が出てきます。

これを読んだ煬帝は激怒したらしいです。「日が昇るような輝かしい国の王」が「日没のように没落していく国の王」へ書簡を送ります、という意味に取れますからね。

大国である中国の皇帝に対して物怖じせずに、このような文書をしれっと送った聖徳太子の度量の大きさに感心します。

一方で、聖徳太子の時代のあと、中大兄皇子と中臣鎌足の陰謀により聖徳太子の後ろ盾だった蘇我氏が滅ぼされてしまったことは、日本の歴史の大転換だったのではないでしょうか?

つつがなきどころか、かなりの大混乱だったのではないかと思います。

まあ、古代も現代でも、つつがなく生活したいものです。

うつ病で苦しんでいました

ぼくはと言えば、先週ちょっと寝込んでしまいましたが、ここのところは結構「つつがなく」生活しています。

実は、今年の5月に、たぶん、ぼくの人生の中で大転換となるであろう出来事がありました。

もう10年以上、ぼくは「うつ病」に悩まされてきました。気分が落ち込むという「気分障害」もありましたが、どちらかというと、

  • 極度の疲労
  • 強い倦怠感
  • 頭痛

というような「身体症状」のほうがつらかったです。

「パキシル」という抗うつ剤を処方してもらい服用していましたが、ひどい副作用に悩まされていました。

  • 指先やくちびるのしびれ
  • 頭の中で「パキッ」と弾けるような電気が走るような衝撃
  • 射精障害(出したいのに出ないw)

効果があまり感じられないのに対して、副作用があまりにひどく、ある時期から「サインバルタ」という薬に替えてもらいました。

サインバルタは、パキシルに比べると、副作用をあまり感じることはありませんでした。しかし、ぼくの症状を緩和してくれていたかというと、こちらもあまり効果を感じてはいません。

数年前に、主治医のすすめもあって、「認知テスト」を受けました。薬物療法だけではなく「認知療法」によるアプローチでうつの症状を改善しようという試みだったと記憶しています。

でも、認知テストの結果はぼくには知らされることはありませんでした。理由は主治医からは詳しい説明はありませんでした。そのときは「そんなものなのかな?」ということで、あまり深くは考えていなかったのです。

うつ病だと思っていたらADHDだった

で、今年の5月。

仕事がうまく行かず、ものすごく生きづらさを感じるようになりました。仕事上でミスが重なって焦ることが多くなり、焦れば焦るほどかえってうまくいかなくなる、という悪循環でした。

身体症状も悪化したんです。

倦怠感が強くなり、朝になっても疲労が残り、ひどい頭痛がしてめまいを感じるようになりました。仕事に行けなくなってしまい、会社から叱責を受けました。

頭に異常があるのかと疑い、脳神経外科で脳のMRIを撮ってみたものの、全く異常はありませんでした。医者の見立ては「心療内科的なものが原因」ではないか、ということでした。

心療内科の主治医に脳神経外科での結果を伝えると、意外なことを言われました。

数年前に受けていた「認知テスト」の結果、明らかに「ADHD」の傾向が出ていた、というのです。

衝撃的、というか、青天の霹靂、といいますか、かなりのショックを受けました。これまで10年以上「うつ病」で苦しんでいたと思い込んでいたのが、「うつ病ではなかった」のですから。

主治医が「認知テストの結果」をぼくに知らせなかったのは、日常生活でADHDによる「生きづらさ」を感じていない人には、あえてADHDであることを伝える必要はない、という理由からだそうです。

仕事がうまくいかない、生きづらい、ということを主治医に訴えたことで、ADHDであるということを初めて告知されたのでした。

ADHDと診断されて

「ADHD」というのは、発達障害の一種で、子どもの頃に症状が見つかることが多いそうです。近年では、ぼくのように大人になってからADHDであると診断される人も多いとのことです。

ADHDという「言葉」自体が新しいものであるということもあるかもしれませんが、ぼく自身、子どもの頃は普通の子どもでした。子どもの頃から「生きづらさ」を感じていた、ということはありません。

でも、大学を卒業して社会に出てから、なんとなく、うすうすと、「生きづらさ」を感じていたかもしれません。

集中力に欠けるところがあったり、直前のことをすっかり忘れたり、複数のタスクを同時進行させることが苦手だったり、売上などの数字に対して鈍感だったり、というようなことはありました。

また、人との距離感をつかみにくいということもあって、好かれる人にはめちゃくちゃ好かれますが、嫌われる人にはめちゃくちゃ嫌われる、という「両極端」なことが多々ありました。かわいがってくれる先輩もたくさんいましたが、上司に「生意気だ」と嫌われることが多かったです。

今から考えると、これらのことって「ADHD」の「性質」にそのまんま当てはまります。実は社会人になってから、ぼくはADHDの「性質」に悩んでいたのでしょう。それがあるとき突然「生きづらい」と感じ、たまり溜まったものが「うつ症状」として、精神的・身体的な症状として現れたのだと思います。

ADHDの治療薬、というものを飲んでみた

「集中力に欠ける」「複数のタスクを同時進行できない」という性質がものすごく負担で、ぼくの「生きづらさ」の原因がそこに集約されていると言っても言い過ぎではありません。5月に調子を崩したのも、これらの「性質」が原因でした。

「直前のことをすっかり忘れてしまう」ということに対しては、どんなことでも「メモを取る」というクセを付けるように気をつけていたので、なんとか対応できるようになっていましたが、「集中力に欠ける」「複数のタスクを同時進行できない」ということに対しては、具体的にどうすれば解決できるのか、まったくわかりません。

ADHDと診断されてから、大人のADHDに関する書籍を何冊か読んでみました。こちらの書籍が分かりやすかったのですが、

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この書籍の中で「薬物療法」もひとつの治療方法、ということが載っていて、主治医に相談して「ストラテラ」というADHDの治療薬を処方してもらいました。

うつ病、双極性障害などの精神疾患の薬は、少量から服用を開始して、体に慣らしながら増量していくというのが鉄則です。ストラテラも少量からスタートして、2週間目に増量してもらいました。

その後、1週間くらい経過して、それまで「ソワソワ」していた気持ちが落ち着きだして、集中力が出てきました。「モヤモヤ」していた頭の中がスッキリしてきたように感じました。効き目が少しづつ出てきたんですね。

しばらく快調に過ごしていたものの、ある時から急におかしな症状に悩まされ始めました。

日中、ものすごく眠たいのです。仕事はどうにかこなしていたけれど、休日は一日中布団の中で眠っていました。

頭痛に悩まされ、吐き気とめまいを感じるようになってしまいました。

睡眠導入薬を処方されていることもあって、夜はぐっすりと眠れています。ですので、睡眠不足ということはありません。どうやら「ストラテラ」の副作用のようです。

効果と副作用を天秤にかけると、副作用のつらさは耐えきれないと思い、ストラテラの服用はやめてしまいました。薬の服用をやめると、集中力が欠如して複数タスクを同時にこなせない、元の自分に戻ってしまいました。

あくせくしない、できないことを無理にしない

クスリというものは、効果もあれば副作用もあるし、効き目には個人差があります。ストラテラは、ぼくにとっては効果がそれなりにあったものの、副作用が強くて服用はムリ、ということです。

じゃ、ADHDの性質に対して「生きづらさ」を感じながら、残りの人生を過ごしていかないといけないのか、と考えると、ますます生きづらさを感じますよね。

それではあまりにつらすぎるので、ADHDの性質を受け入れて、楽に生きることにしてみました。

カメラパパ
なんや、楽して生きるんかい

まろ
違うやん、楽に生きるんやん

できないことを「ムリにできようと努力する」のではなく、「できないことはできない」と、受け入れることにしてみたのです。また、会社の同僚にも自分がADHDであることをカミングアウトして、協力してもらうことにしました。

できないことをムリにする、というのは、「足が悪くて杖をついている人」に対して「走れるようになれ!」と無理強いしているのと変わりがないんですよね。

まろ
ぼくは集中することができないし、複数タスクを同時にこなすことができない

ということを受け入れて、柔軟に生きていったほうが「楽」じゃないですか。

カメラパパ
ほな、集中できるように気つこうたるわ

って、周りの人の理解を得ることもできるんですよね。

楽に生きていきたい

癒やしのお姉さん

一般的に、職場などの周りの人たちから理解を得ることは難しいかもしれません。

ADHDであることをカミングアウトする前は、仕事も会社にいることも、あまりにつらかったため、転職することも考えていました。会社という組織に頼ることなく、フリーで仕事をすることを視野に入れていたんです。ADHDであることのつらさというのは、チームという「組織」で仕事をするという場面において感じてしまうものですから。

ぼくの場合、会社の人達から理解をしていただけることができたので、今の職場で生きていけそうな気がしています。

ただ、楽に生きていきたいのであって、楽して生きていきたいのではありません。ADHDという性質を持ってしまった以上、普通の人よりも努力しなければならないことがあります。

諦めるのではなく、楽に生きていくための「努力」は怠らないようにしようと思っています。

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