ADHDのぼくが苦手・できないと感じて苦痛に思っていることを解決したい

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みなさんこんにちは。さかのうえののまろ(@sakanoueno_maro)です。

長年うつ病だと思っていたのが、実はADHDだったと知って衝撃を受けました。うつ病のせいで何もできなくなってしまっていたと思っていたのが、実は「逆」だったのです。

長い間、なぜ苦手なんだろう?なぜできないんだろう?と苦痛に感じて、精神的に参ってしまっていました。

できないこと、苦手なことがあって、それが「苦痛」となって、精神的・身体的な症状として現れていたわけです。

うつ病じゃなかった!ADHDでも楽に生きていくための方法を考えたい
みなさんこんにちは。さかのうえのまろ(@sakanoueno_maro)です。 つつがなく過ごしていらっしゃいますか? つつがなく毎

自分自身がADHDであることを知って、

まろ
苦手なこと、できないことがあっても当然やし、仕方ないやん

と思えるようになると、自然と「うつ症状」もなくなってきました。それで悩んでいても仕方がない、という「開き直り」の気持ちです。

未だに「サインバルタ」という抗うつ薬は服用しています。でもそれは「うつ症状」を緩和するためではなく、「サインバルタ」の離脱症状が怖いために飲み続けている、という感じです。

抗うつ薬などの「向精神薬」の多くは、急に服用をやめると「離脱症状」といって、身体や精神におかしな症状が出ることがあります。とくに「抗うつ薬」はその傾向がひどいです。徐々にクスリを減らしていかないと、大変な苦痛を伴います。

錠剤のクスリであれば、半分や4分の1に割って減らしていくことも可能です。しかし、サインバルタは「カプセル」のため、半分や4分の1にする、ということができません。やめるのがなかなか難しそうです。

ぼくが「苦手」「できない」と感じて、「苦痛」だと思っていること

人はだれでも苦手なこと、できないことがあります。しかしそれが「苦痛」であること、そのことが「生きづらさ」につながっていると、それは「障害」だと考えてもいいと思います。

ADHDは、

  • AD→注意欠如
  • HD→多動

の障害です。

人によって症状の出方は異なります。注意欠如が主な人、多動が主な人、注意欠如と多動が混ざっている人、それぞれです。

ぼくの場合は、注意欠如が主な症状です。もしかすると、多動も若干あるかもしれません。

ぼくが苦手だ、できないと感じている主なことは、

  • ひとつのことに集中できないこと
  • 複数のタスクを同時に進行できないこと
  • 直前のことをすっかり忘れてしまって覚えていられないこと

です。注意力が散漫(注意欠如)のために、これらのことが苦手、できないのだと思います。

ひとつのことに集中できない

ひとつのことに集中できない、というよりも、集中するために「かなりの努力」を要する、と言ったほうがいいかもしれません。

例えば、会議やミーティング中。

話を聞いているときに、突然、頭の中に全く関係のないことを思いついて離れていかないことがあります。全く関係のない思いついたことの方が気になってしまって、会議やミーティングに集中できません。

カメラパパ
まろさん、話、聞いてる?
まろ
地下鉄で見かけたお姉さん、かわいかったなぁ

Aという仕事をしているときに、別のBという仕事の問題点の解決策を突然思いつくことがあります。Aの仕事に集中したいのですが、Bの仕事のことが気になって集中できなくなります。

Aの仕事に集中できなくなるので、Bの仕事の問題点を解決していこうとするのですが、Aの仕事の納期が迫ってきていたのを思い出して、またAの仕事に戻ろうとします。

Aの仕事とBの仕事を行ったり来たりしているうちに、Aの仕事もBの仕事も中途半端になってしまって、どちらも間に合わなくなる、ということがよくあります。

次の「複数のタスクを同時に進行できない」とも関連しますね。

でも、どちらかというと、「思いついたらすぐにやらないと気がすまない」という性分ゆえなのかも?と思います。もしかするとADHDのHD(多動)から来ているのかもしれません。「衝動性」というやつです。

複数のタスクを同時に進行できない

「ひとつのことに集中できない」から、複数のタスクを同時に進行できないのだと思います。

仕事をしていく上で、ひとつのことだけやっているのであれば、さほど苦痛は感じません。「注意力が散漫」とはいえ、集中してしまえば普通の人と同じように仕事はできます。

しかし、「仕事」というものは、ひとつのことだけをやっておけばいい、というものではありません。複数の仕事を受け持つ必要がどうしても出てきます。

Aという仕事をしているときに、どうしても別のBの仕事をしなければならないときが出てきます。Aという仕事に集中していたのに、その集中を解いて、Bという仕事に集中しなければならないのです。集中力を上げるために「かなりの努力」をしなければならないので、仕事の切り替えはとても疲れるし、苦痛を感じます。

Bという仕事に集中し始めて、またAの仕事をしなければならなくなったとき、Bの仕事の集中を解いて、また再びAの仕事に集中するための努力をしなければなりません。

集中を解いて、再び集中を深める。その切替をすることに対して苦痛を感じます。切り替えが上手い人が羨ましいです。

直前のことをすっかり忘れてしまって覚えていられない

まろ
歳はとりましたが、まだ認知症ではないので、記憶力には問題ないと思います
カメラパパ
ほんまか?ウソつけ

いや、ホントですw

仕事をする上での知識であったり、技術という点では、他の人と比べて劣っているとは感じません。また、自分なりに勉強をして、新しい知識や技術というものを取り入れていくこともできています。

ですので、「記憶力がない」ということではないと思うんです。

「直前のことを覚えていられない」というのも、「注意欠如」から起きていることだと考えています。

仕事中に電話がかかってきたとします。電話の相手と話をして、そのときはわかったつもりでいるのですが、電話を切ったあとに、

まろ
あれ?なんの話だっけ?

っていうことが多々あります。電話をしている最中に「メモ」をとっていても、あとからそのメモを見ても内容がよくわかりません。メモに何が書かれているのかよくわからない、まともにメモが取れていないのです。

そもそも、「電話をしながらメモをとる」ということ自体が苦手です。「電話をしながらメモをとる」という行動は、まさに「複数タスクを同時に進行する」ということではないですか?「複数のタスクを同時に進行できない」ぼくにとっては、かなりの至難の業です。

仕事に集中していたときに電話がかかってきても、それまでしていた仕事に意識が行ってしまっているから、電話の相手の話が上の空なんです。なので、覚えていられないんです。そのうえに、話を聞きながらメモをとるなんて、ぼくにとっては超人的な技です。

相手の話に集中するとメモをとることが疎かになり、メモをとることに集中すると相手の話が疎かになるんです。

同じようなことが、嫁さんと話しをしているときにも起きます。

なにかに集中しているときに話しかけられても、意識がそのときに集中していることに行ってしまっています。ですので、嫁さんが話をしていることが、どうしても、上の空になってしまいます。

嫁さん
あんた、私の話、聞いてる!?
まろ
聞いているやん

実際、話は聞いているんです。でも、急に集中する方向を切り替えることができないため、嫁さんの話に意識が向かないんです。

で、嫁さんの話を聞いてわかったつもりでいても、あとになったら「なんの話だっけ?」って覚えていなくて、嫁さんに叱られることがこれまでに何度あったことか。

ツライです。

まろ
決して、話を聞いていないことはないんです。わかってください(T_T)

苦手、苦痛を少しでも和らげたい

「ひとつのことに集中できない」「複数のタスクを同時に進行できない」「直前のことをすっかり忘れてしまって覚えていられない」

どれも、普通の人からしたら、なんの苦もなく、普通にできることではないかと思います。しかし、ADHDのぼくからしたら非常に難しく、どれもこなすためには苦痛を感じることばかりです。

普通のことを普通にこなすことができない。とても苦痛です。

普通の人が普通にこなすことに苦痛を伴うのは仕方がないとして、その苦痛をなんとか少しでも楽にすることはできないかと考え続けています。

電話のこと

電話には出ないことにしました。電話は他のメンバーに出ていただいています。ぼくは電話に出る必要はないので、電話がかかってきても仕事に集中ができます。

ぼく宛の電話であった場合、その時の状況に応じで対応しています。すぐに頭の切り替えができそうなときは、電話に出ます。すぐに切り替えが難しそうなときは、あとからかけ直しさせてもらうことにしています。

そのときは、必ずメモをしておきます。電話をかけ直すことを忘れてしまうからです。

また、どうしても電話に出なければならないときは、電話の内容をメールしていただくようにお願いをしています。メールでしたら自分のタイミングで読むことができますから。

メールの受信のタイミングも変えました。最近までは10分おきに自動で受信する設定になっていていました。メールを受けたらすぐに返事をしなければならないと考えていたのですが、仕事に一息ついたときに受信するようにしています。よっぽど緊急でないと、直ぐに返事をしなければならないことなんて、ありません。

衝動的に別のことを思いついてしまったとき

Aという仕事をしている最中にBという仕事の問題点の解決策を思いついてしまったとき。

その時も必ずメモをしています。突然思いついたBの仕事の問題点の解決策をメモしておくのです。メモを書いたら、Bの仕事のことは忘れる努力をします。

AもBもどっちも同時にするということはぼくにはできない、結果的にどっちもうまくいかない、ということがわかってきてからは、少しづつですが、自分の「衝動的」な気持ちをコントロールできるようになってきたかな?と感じています。

自分の性分をよく理解する、ということも大切なんですね、きっと。

会議やミーティング中に全く関係のないことを思いついて離れないとき

おおよそそういうときって、話が長いので集中できない、ということが多いです。そもそも、ぼくは集中できないタチなので、仕方ないです。

そういうときは、「よくわからないので、端的に話をしていただけませんか?」とお願いをします。話をしている人からすれば

カメラパパ
なんだよこいつ、話、聞いてねーのかよ

って思うかもしれませんが、ぼくからすると

まろ
てめーの話が長すぎて、暇だから別のことを思いつくんだよ

となります。端的に結果から話をしてもらえれば理解もしやすいですし、そもそも、会議やミーティングの時間短縮にもなりますよね。

うちの嫁さんの

嫁さん
あんた、私の話、聞いてる!?

も同じことなんです。

話に登場する人物の説明があって、本題に入るのかと思いきや、話の背景の説明が始まると、もうぼくは話に集中ができません。端的に結論から話しをしてほしい、とお願いをするのですが、

嫁さん
あんたは私のことなんか興味ないんでしょ!
まろ
違うやん、そうじゃないねん

長年一緒に生活している嫁さんでもこんな感じですから、なかなか難しいですね。

なんとか楽に生きていきたい

日曜日のお姉さん

ADHDの治療薬というものもあって、しばらく服用をしてみましたが、ぼくには副作用がツラくて止めてしまいました。薬の効き具合も人それぞれですし、副作用のつらさよりもADHDの性質のほうがツライと考える人にとっては、まさに特効薬です。

しかし、治療薬を服用することをあきらめたということは、クスリに頼ることなく、これからの人生を「工夫して」生きていかなければならない、ということです。

幸いにして、ADHDは命にかかわるような障害ではありません。しかし、ADHDによる「生きづらさ」は、ときに人の命を「自殺」という手段で奪ってしまうような障害であることも理解しなければなりません。

どうせ生きていくのであれば、少しでも楽に生きていきたい。

ADHDという障害を持ってしまった以上、普通の人よりも努力しなければ普通のことができない、ということは仕方がありません。しかし、しかたがないとあきらめて「生きづらさ」を感じながら生きていくよりも、少しでも「楽に生きていける方法」を考えたほうが、前向きだし、楽しく生きていけそうな気がします。

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