ADHDの二次障害のうつがひどくなって会社を退職しました

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みなさんこんにちは。さかのうえのまろ(@sakanoueno_maro)です。

昨年(2018年)5月にADHDであることが判明しました。

うつ病じゃなかった!ADHDでも楽に生きていくための方法を考えたい
みなさんこんにちは。さかのうえのまろ(@sakanoueno_maro)です。 つつがなく過ごしていらっしゃいますか? つつがなく毎

ADHDとは、「注意欠如」「多動性」「衝動性」の3つの症状が見られる「発達障害」の中のひとつです。

長年、うつの症状に悩まされてきましたが、うつの根本的な原因はADHDによる「生きづらさ」でした。

ADHDの症状(というか「特質」ですね)には、人によって様々ですが、ぼくはどちらかというと「注意欠如」の傾向が非常に強く、「多動性」「衝動性」もかなり強く混じっているような気がします。

単純作業では集中力が欠如し、ケアレスミスが多いです。
反面、一つのことに集中しだすと、周りのことも顧みず、そのことだけに集中してしまいます。

一度に複数のタスクをこなすことが非常に困難で、タスクを並べたときに優先順序をつけることが苦手です。
割り込みの仕事が入ると、もうパニックになってしまいます。

頭に浮かんだ言葉を口に出さないと気が済まないタチです。会議のときに関係ないことを発言してしまったり、思慮なしに発言したことで人を傷つけたりしたこともありました。

ADHDであるとわかってからは、苦手なことを少しでも克服しようと、様々なブログを読んでみたり、書籍を読んでみたりして、自分なりに克服しようとしてきました。

ADHDのぼくが苦手・できないと感じて苦痛に思っていることを解決したい
みなさんこんにちは。さかのうえのまろ(@sakanoueno_maro)です。 長年うつ病だと思っていたのが、実はADHDだったと知っ

しかし、現実は厳しいものです。自分が努力して克服しようとしていることと、仕事の内容とその結果とは、大きな乖離ができてしまっていたのです。

ひどいうつになりました

2018年の11月頃〜12月末にかけて、仕事が忙しかったこともあり、ADHDである自分の弱点がますます苦痛になりました。

あるプロジェクトを担当していたのですが、集中力が欠けてしまって進捗が遅れたり、また、やっと集中できたと思っても割り込みの仕事が入ったり、という具合に、自分にとっては最悪の状況でした。

精神的に疲れるのと同時に、いかにして集中力を高めるか、いかにして複数のタスクをこなすか、タスクの優先度を決めて実行するか、ということを考えているうちに、「頭」、というか、「脳」そのものに疲れを感じるようになっていました。

脳が疲れると、睡眠を取らないと疲れは取れません。休日は昼前まで寝て、昼食を取り、またひたすら眠り、晩御飯を食べて、また寝る、というように、寝てばかりの生活。廃人一歩手前、ですね。

正月休みに入り、大学に通うために遠方で下宿していた長男が帰省してきて、家族で楽しく過ごし、少しはリラックスもできて、疲れも取れてきました。

正月休みが終わり、またもとの仕事の毎日になると、正月前の状況に戻ってしまいました。成人の日の三連休明けの火曜日から、とうとう、朝起きることができなくなり、出社できなくなってしまいました。

かなりひどいうつの状態でした。

無力感と希死念慮が激しくなり、これはまずいと心療内科に飛び込みました。主治医は休職をするように勧めてくれました。ぼくの体力は限界で、気力はすっかり折れてしまっていたのです。

会社との協議の結果、退職することになりました

会社には、自分がADHDであることを伝えてありました。同僚もそのことを知ってくれていました。仕事の内容に気を配っていただいたり、仕事の環境をできるだけ整えてくださったりしてくれました。

また、ADHDなどの発達障害やその他の精神疾患を持つ人のために設けられた支援カリキュラムがあることなども調べてくださり、受講することを勧めてくれたりしていました。

しかし、ぼくは頑なだったんです。

様々なブログを読んだり、書籍を読んだりして、自分で克服できるものと思い込んでいました。なので、せっかくの勧めも断っていたのです。自分でどうにかなる、そう思い込んでいたのです。

その結果がひどいうつでした。結局のところ、自分の頑なな態度で会社からの勧めを断り、自分で自分の首を絞めて、仕事ができない状況になってしまったのです。

会社は、社内での仕事が難しければ、協力会社に声をかけて、仕事ができるようなところを探してくれると言ってくれました。しかし、今のぼくの状況では、毎日通勤をして8時間働くということはとうてい無理です。

選ぶことができた道は「退職」しかありませんでした。会社は休職についても検討してくれましたが、費用的な面などで休職については申し訳ないけれども認められない、とのことでした。何分、小さな会社ですので、仕方がありません。

ぼくは、会社を退職することにしたのです。

退職が決まってから

退職することが決まってから、少し気が楽になりました。両肩に乗っかっていた重荷が取れたような気がしました。もう苦しい思いをしなくていい、そういう安堵の気持ちもあります。

ただ、嫁さんも働いているとはいえ、今のままでは我が家は経済的に行き詰まってしまいます。体調が戻り次第、再就職するなり、仕事を見つけるなりして、収入を得る方法を考えなくてはなりません。

もちろん休職中であれば、会社からお給料をもらうことはできませんが、「傷病手当」といって、仕事や業務以外で負った怪我や病気で仕事ができなくなったときに、健康保険組合から支給される手当があります。

会社を退職した場合は、「失業手当」がもらえますが、失業手当は「働く意志のある人」に対して支給されるべき手当なので、ぼくのようにうつで仕事ができない人には支給されません。

退職してしまうと「傷病手当」はもらえないものと思っていたのですが、今まで入っていた(会社で加入していた)健康保険組合から「傷病手当」を支給してもらうことができることがわかりました。

また、厚生年金から「障害厚生年金」というものを支給していただける可能性があることもわかりました。

休職中であれば、心療内科や精神科の病院で「リワークプログラム」という職場復帰支援のプログラムをしているところがあり、そういうところを利用することで、例えばADHDであれば、不得意なことを自分で理解し克服する、というようなカリキュラムを受けることができます。

退職後は「リワークプログラム」を受けることはできませんが、「障害者就労移行支援」というものを受けてみようと考えています。

「障害者就労移行支援」、自分の考え方のクセや傾向を知ることで弱点を克服したり、事業所でワーキングプログラムをこなしたり、実際に企業でインターンしみたりすることで、ADHDなどの発達障害や精神疾患を持つ人の就業支援を行っているところです。

人生の再スタートのために

花の文化園のひまわり

Canon EOS Kiss X7 (35mm, f/1.8, 1/320 sec, ISO100) at 10:37 on 2018/07/22

ぼく一人の人生であれば、このままくたばってしまってもいいと思っています。しかし、ぼくには家族がいます。家族のために、もう少し生きていかなければなりません。

この先どうやって生きていくか。

当面は様々な支援を仰ぎながら、身体を休め、精神と頭と脳を休め、支援プログラムを受けてから考えようと思っています。

今までのように、Web関連のエンジニアとして仕事ができることを第一に考えていますが、それが無理であっても、家族で食べていけるのであれば仕事は何でもいい、そういうふうにも考えています。

とりあえず、今はこんな感じです。

いわゆる「画像直リンク」、画像の複製は固くお断りいたします。
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