少年軟式野球チームのコーチを辞めることにしました

変化

子どもたちから「さかのうえコーチ!」と呼ばれてきた、さかのうえのまろ(@sakanoueno_maro)です。

少年軟式野球に関わって12年。長男が小学校1年生でチームに入ってから12年間、コーチを務めてきました。

毎週土日は練習に、試合の時は車を出して子どもたちを乗せて試合会場に行き、ベンチから声援を送ってきました。

練習の時は人一倍大きな声を出し、子どもたちを励まし、時には叱り、時にはなぐさめ、甘えん坊の子どもには優しく接し、お昼のお弁当を食べるときは子どもたちの輪に混じっていろんな話をし、野球だけではなく、普段の食事のことや、おやつや甘いジュースはなるたけ控えること、夜は早く寝ること、すべて子どもたちのことを考えてきた12年間でした。

ぼくは野球経験者ではないので、指導といっても、最初のうちはまともなことはできませんでした。キャッチボール1つとっても、足の運び方、腕の上げ方、回し方、何もわからなかったのです。

そんなぼくが子どもたちに指導ができるようになったのは、先輩のコーチの存在でした。

先輩のコーチが指導していることを、子どもたちと一緒にやってみたり、指導方法の本を読んだり、夜、会社から帰宅して、シャドウピッチングや素振りをしたりして、1つ1つ学んでいったのです。

野球といえばプロ野球の観戦しか知らないぼくにとって、少年野球の試合運び、プレーは、まったく異なる球技のようでした。力の弱い、身体の小さい子どもたちがする野球は、プロのそれとはまったく違います。

そういった違いも1つ1つ、子どもたちと一緒に学んでいきました。

審判の資格を取らせていただいたのも、1つの契機になりました。それまでうろ覚えだった野球のルールを体系的に勉強して覚えることができ、子どもたちの指導に役立てることもできました。

地元の連盟主催の大会では、塁審はもちろん、球審もやらせていただきました。

若い頃(と言っても40歳前後ですが)は、血気盛んで、判定に抗議してきた監督とケンカになったことも数知れずあります。

すべて、正確で公平なジャッジを心がけてきた結果だと、自身を待って言えます。

子どもたちの前では模範でありたい、間違えたことをしたくない、という思いからです。

実は、自分の子どもが生まれる前までは、子ども嫌いでした。

息子が保育園に入って、他の子どもと触れ合ううちに、子ども好きになっていったのです。

保育園に息子を迎えに行くと、わらわらと他の子どもたちが集まってきます。帰るまでのしばらくの間、子どもたちとよく遊んでいました。

鬼ごっこをしたり、サッカーをしたり、竹馬に乗ったり。若い保育士の先生に混じって、子どもたちと触れ合っていました。

子どもって面白い。そう感じるようになって、子ども好きになっていったのだと思います。

少年野球チームに入ってからも、その延長だったのでしょう。小学生といっても、保育園児に毛の生えたようなもんです。

寂しくて手をつないでくる子、かまってほしくてよじ登ってくる子、みんなかわいい、自分の息子たちのようでした。

長男が中学生になり、入れ替わりで三男が1年生で入部してきました。三男にとってみれば、長男も次男も野球チームに入っているし、パパもコーチをしているから、当たり前のことだったのかもしれません。

今から考えると、もしかしたら、それが間違いだったのかもしれないという思いがあります。

三男は持ち前の天然の性格から、多くのコーチにも、上級生からもかわいがられ、楽しそうにしていました。ぼくはその姿を見て安心し、ほとんど三男の面倒を見ることもなく、大会の審判に行ったり、他の子の面倒をみたりしていました。

三男は、5年生の途中から、突然練習に行けなくなり、6年生になる時にチームを辞めました。

おそらく、チームのコーチではなく、自分だけのパパでいてほしい、そういう思いがあったのだと思います。

それからは、過去の記事にも書きましたが、野球は控えめにして、三男と一緒に出かけることを意識してやってきました。

2015年8月7日金曜日、三男チビ助と一緒にサビキ釣りに行ってきました。どこに釣りに行くか迷ったのだけれども、ここのところ小アジが安定的に釣れているようなので、大阪南港魚つり園に行ってみること...

三男と同学年の6年生たちのことは、ものすごく気にはなっていたものの、やはり、自分の子どものことが心配で、昨年の夏頃からは、ぼくもほとんど練習にはいかなくなってしまっていました。

土日は三男と出かけたり、家にいて料理を作ったり、ブログを書いたりしていると、野球チームに入る前はこんな生活だったな、という記憶が蘇ってきました。

それが当たり前の生活だったのが、野球チームに入ることによって、一変してしまっていたのです。

ブロッコリーとベーコンのクリームパスタ。秋になって朝晩冷えてくると、少し暖かいものが食べたくなります。あっさりしたオイルソースもおいしいけど、ここは少しこってり、暖かいクリームソースにしてみましょうか。今回は、ブロッコリーとベーコンを使って

以前はよくパスタも作っていました。野球チームに入ってから、ほとんど作らなくなってしまっていました。

この12年間、家庭のことはほとんど顧みず、妻にも苦労をかけました。野球のことでケンカも絶えませんでした。

嫁と冷戦状態なう。唯一の外交ルートだったLINEは私が切ってしまった。面と向かって口で言えばいいものを、LINEでぐちぐち文句を送ってくるため、閉口してブロックしてやったんだ。それから機嫌が悪...

三男と同学年の6年生たちが2月の終わりに卒団するにあたり、彼らを見送って、ぼくも退団することにしました。

決して、少年野球が嫌いになったとか、子ども嫌いになったということはありません。少年野球好き、子ども好きは、かえって以前より増しているかもしれません。

これからの家族のこと、自分のことを考えて、ここで身を引くのがベストだと考えた次第です。

12年間、お世話になったチーム、出会った子どもたちには、本当に感謝しています。12年という年月は、ぼくの今までの人生の約4分の1を占めるわけですから。

今ぼくがあるのは、たくさんの子どもたちのおかげです。

ありがとうございました。本当に、ありがとうございました。
感謝しても感謝しきれません。

追伸:
チームを辞めた三男ですが、中学校では、野球部に入る決心をしたそうです。
野球部の顧問の先生と懇意になり、いろいろ相談していたみたいです(いつの間に?)。
サッカー部やバスケット部も考えたそうですが、自分にできるのは野球しかない、中学校では野球に打ち込みたい、そう言っていました。

少し、救われました。

WEBのシステムを作ったり保守したりするSE/プログラマというものをしています。

ブログやってますがブロガーではありません。週末WEB随筆家です。
まろと呼んでください。

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