育児に参加しない父親は意気地なしである – 保育園に通わせるってどうなの?

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母と子

すでに育児終盤に差し掛かっている、さかのうえのまろ(@sakanoueno_maro)です。

ぼくのTwitterの友だちは、ひとまわりもふたまわりも若い方が多いので、お子さんがまだ小さい方が多いです。

ゆういちさん(@fp_yuichi_fp)もそのひとり。双子の男の子のパパで、ゆういちさんの子育て奮闘記のブログは、「双子」という事情はあるとはいえ、内容は子育て世代の若い人に是非読んでいただきたい記事が満載です。

I Love Twins!!~双子のママパパへ
双子のママ、パパのための子育て情報発信サイト。ファイナンシャルプランナーでもある管理人パパがお金や保険の問題を自身の体験をもとにわかりやすくアドバイスしています。その他子育てに関するお得情報が満載。

三十路さん(@30sman_blog)もそうです。ぼくよりも20歳近くも若くて、子育て熱心な若いお父さん。Twitterで出会った頃の彼のブログは「キワモノ」的な要素に溢れていたけれども、今ではすっかり「子育てブログ」に衣替えし、心を入れ替えた様子。

三十路男の悪あがき
赤ちゃん(0歳児)の育児に追われる日々の出来事、妻との夫婦関係、広い意味で家族に関する情報、子育てと仕事の両立の悩みなどをブログに書いています。子どもの笑顔を増やしたい一心でテレビ(NHK)に出演しました。1人でも2人も構わないので笑顔の子が増えたら良いなと思います。

そんな三十路さんが書いたこちらの記事、

保育園は何歳から預けるべきか?0歳児を育てる父親の本音
子どもの成長とは早いもので、気がつけば息子は0歳と11ヶ月の誕生日を迎えた。この11ヶ月という月日は、父親である私にとって『息子の成長を追いかけるのに必死で、過去に経験した事が無いくらい大変で、楽しくて、アッと言う間に過ぎた時間』だった。 息子に対する妻の行動・言動が『愛情100%』である事は、息子にヤキモチを焼きかね

こちらを読んで、少し思うところがあるので、書いてみます。

決して喧嘩を売ってるわけではないので、あしからず。

保育園ってどんなところなの?

何歳から保育園に入れるとベストなのか?それは、そのご家庭の事情、お子さんの事情もあるし、待機児童の問題もあるので、一概に言うことはできないでしょう。

待機児童の問題に心を痛めたこともありました。

【ウソでしょ!?】川崎市の待機児童ゼロだって!?
川崎市の待機児童がゼロになったって話、ホントかどうか検証してみた!

働きたいのに保育園に子どもを預けることができないという事実。子育て世代支援、出産率の向上、お題目のように唱えられている言葉に反して、世の中は子育て世代に対して厳しい。

それは今回の主題ではないので、ひとまず置いといて。

ぼくが持っていた保育園に対するイメージ。

正直なところ、「保育園」に通う子どもは「かわいそうな」子ども、というイメージを長く持っていました。

ぼく自身は幼稚園に通っていたし、母は専業主婦だったので、幼稚園から帰っても、小学校から帰っても、必ず家にいてくれました。自宅の鍵を持って幼稚園や学校に行く、という経験をしたことがありません。

「保育園」というところは、母親が働いている、働かざるを得ない子どもが通っている、つまり、共働きや父親のいない「かわいそうな子」が通っているところだと思っていたのです。

時代は高度成長期の頃、1970年の大阪万博の時には3歳でした。父は大手企業に勤めるサラリーマン。会社で仕事をしていれば、給料と昇給は保証されている身分でした。

時代は変わり、今や大企業に勤めていても明日の身分は保証されていない世の中。長く勤めていても昇給は保証されていない世の中。

父親の頃とは時代が違うと言えばそれまでだけど、我が家もぼくの給料だけでは生活できない事実をまさに突きつけられてきたわけです。

長男が生まれる直前、ぼくはいわゆる「プー太郎」でした。今の言葉で言うと「ニート」に近いかもしれません。ある病気になり、仕事を辞めざるを得なくなって、自宅で療養していました。

そんな最中に長男が生まれ、自宅で療養していたぼくは、妻と一緒に育児に奮闘することになります。長男が生まれて再就職するまでの半年間、ずっと長男と過ごしていました。

それは、ぼくがそうありたいと願ってそうしたわけではなく、仕方ない形で、結果的にそうなったのです。

次男が生まれた時は再就職し会社員だったので、長男の時ほどべったりと一緒の時間を過ごせたわけではありません。それでも、その頃の世間一般の父親よりは長く子どもと接する時間を持てたと自負しています。

平日は残業で遅くなっても、週末は子どもたちと過ごしました。お弁当を持って、近くの府立公園に行って、朝から夕方まで遊具で遊んでいました。みさき公園や、今はもうなくなった狭山遊園にもよく行きました。

裕福ではなく、どちらかというと貧乏で贅沢はできず、ディズニーランドやUSJには行けないけれども、楽しい時間を家族4人で過ごしてきました。

その頃、ぼくの嫁さんは働いておらず、できれば働きに行きたいという希望を持っていました。それは、ぼくの給料だけでは生活が厳しいということがやはり一番だったのは事実です。

しかし、嫁さんにしてみれば、「母親になる」ことで「女性」としての役割は全うしたけれども、社会人として社会から切り離されてしまったという寂しさを感じていたのだろうと思います。

30歳を過ぎてからの再就職は難しい、資格を取って再就職をしよう、嫁はヘルパー2級の講座に通い、資格を取り、とんとん拍子で就職先も決まります。

そうなってくると、幼い子どもたちをどうするか?という問題に直面するわけです。

保育園に預けるか?

でも、ぼくの気持ちの中では、保育園に通う子は「かわいそうな子」でした。嫁さんが外で働くのは賛成であるけれども、子どもたちを保育園に通わせるのはどうかなあ?という「自己矛盾」が発生するわけです。

自分の子どもを「かわいそうな子」にはしたくない、やっぱり、家で子どもの面倒を見て欲しい。

その時ぼくもそう思ったし、嫁さんにも話をしました。夫婦で何度も話し合いを持ちました。でも、嫁さんの「働きたい」という気持ちは強く変わらず、子どもは保育園に通わせなければ「仕方がない」という結論に達したわけです。

ここで我が家も御多分に漏れず、待機児童問題に直面するわけですが、当時の我が市では現在の川崎市ほどの極端なことはありませんでした。希望の保育園に入園できないかもしれない、空きがなければ最悪の場合、長男と次男が別々の保育園になるかも?という状況でした。

嫁さんの友人がお子さんをある保育園に通わせていて、その人の紹介でその保育園を「紹介」してもらいました。市役所に相談に行くと、保育園から許可が出たら市としても許可を出します、というような牧歌的な事情の元、その保育園へ見学に行きました。

「かわいそうな子」たちが通う保育園というところはいったいどういうところなのか見ておかなければなるまい、そう思って休みを取り、嫁さんと見学に行った記憶があります。

実際の保育園を見て、やはり「かわいそうな子」が通うところであれば、嫁さんを力尽くでも説得し、家にいて子どもの面倒を見てもらう。その時はまだ、そう考えていたと思います。

確か6月頃の梅雨の合間の蒸し暑い日でした。その保育園を訪れ、保育の様子を見学させてもらいました。

大きな子は水着で、小さな子はパンツ一丁で、小さなプールに入っていました。先生も水着姿で、子どもたちと「真剣に」水遊びをしていました。

子どもたちの「きゃっ!」という声、キラキラ輝く目、水が嫌いで泣いている子を励ます子。

その様子を見て、保育園へ通う子は「かわいそうな子」という考えは、薄くなったように思います。

あの保育園であれば、自分の子どもを通わせてもいい、そう思えてきたのです。

幸い、保育園からは快諾をいただいて、市から許可も得て、嫁さんは再就職、子どもたちは保育園へ通う日々が始まったわけです。

何歳から保育園へ通うのがいいのか

当時、長男は3歳、次男は2歳でした。慣らし保育を経て保育園に通うようになるわけですが、慣れるのにはかなり時間がかかりました。

いままで自宅で母親と一緒に過ごしてきたのに、いきなり引き離されて、訳の分からないところへ連れてこられたわけです。子どもにしてみれば。

イヤだイヤだ、帰る帰りたい、ママと一緒にいる、パパと一緒に会社に行く!

毎朝、保育園へ預けるのが一苦労でした。

保育園では、普段の子どもたちの様子を保護者に知ってもらうために、年に一度、ビデオを撮って配布してくれていました。いちばん最初にもらったビデオには、長男が泣き疲れて放心状態になっている姿が映っていました。

心が痛みました。

しばらくすると保育園にも慣れ、楽しく通園できるようになりました。2歳だった次男の方が事情をよく飲み込めていなかったせいか、慣れるのは早かったです。やはり、事情が理解できる歳になっていた長男の方が慣れるのには時間がかかりました。

そうこうしているうちに嫁さんの妊娠が発覚し、三男が生まれます。三男は生後6か月から保育園に預けました。嫁さんが早く職場に復帰したいという希望があったのと、長男次男が通う保育園へ入園できることになったからです。

子どもたちの入園当時、長男はすでにオムツは取れていました。次男はまだオムツでしたが、保育園の先生の愛のある厳しい指導のおかげでオムツがとれました。

三男にとっては、物心つく前から保育園生活だったわけで、保育園へ行くのが当たり前、気がついたらオムツも取れているし、トイレトレーニングした記憶がありません。

世の中には「3歳神話」というものが根強くあるようです。生後3歳までは母親が育児をしなさい、外で働くなんて以ての外。

保育園は「かわいそうな子」が通うところと思っていたぼくも、その神話を信じ込まされていたのかもしれません。

ただ、今になってみると、うちの子どもたちは脇道にそれることもなくすくすくと育ち、よそ様に恥ずかしくない育ち方をしてくれていると思っています。

逆に、幼い時の時間を保育園へ通っていたために、身についたのではないかと思える能力もあります。

長男は生来人に関心をあまり持たないという性格でしたが、中学生の時の職業体験に保育園を選びました。

体操服にエプロンをして子どもたちと遊んだそうですが、「両手の指に足りないくらい子どもたちが手をつないでくるんだよ〜」とうれしそうに話をしていたのを覚えています。

彼は今、大学受験に失敗して浪人中ですが、あの職業体験の時期がまさに今であれば、彼はもしかすると「めぞん一刻」の五代くんのようになっていたかもしれません。

次男は保育園時代から年下の子に慕われ、次男が保育園に来るのを心待ちにしていた「ファン」が多かったです。そんな彼も年下の面倒を見ることが好きになり、小学校に上がってからも、年下の子の面倒をよく見ていました。少年軟式野球チームでも、年下の子によく「一緒にキャッチボールして!」と頼まれていました。

三男は甘え上手で、年上からも年下からも慕われるようになりました。彼も次男と同じで年下の子の面倒見が良く、年上の子からも可愛がられていました。野球チームでも、年上のお兄ちゃんたちから可愛がられていました。

子どもが3歳になるまでは母親が育てるべき。いわゆる「3歳神話」はなかった、今ではそう考えています。うちの子どもたちを見てそれは明らかです。

保育園に預けると子どもと接する時間が減る、それはウソです。帰宅してからの濃密な親子の時間。かえってメリハリがついて、ぼくたち親にとっても、子どもたちにとっても、良かったと思っています。

子どもは保育園に通わせる「べき」とは言いません。ただ、働きたいけど子どもを保育園に預けることを躊躇しているご両親がいらっしゃったら、大丈夫、うちの子たちをみてよ!

そう思います。

タイトルを考えてから書き始めたんだけど、タイトルと中身が食い違ってるけど、まぁいいか。
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