子どもは何歳差がいいのか?我が家の事情

なかよし
結婚して3人の息子に恵まれた、さかのうえのまろ(@sakanoueno_maro)です。

「3人の息子に恵まれた」と書きましたが、まさに子どもは恵まれもの、授かりものです。欲しい欲しいと思っているカップルになかなか子どもができなかったり、もうムリかも、と思ったら子どもができたり。

なかなか、カップルの都合よくできるものではありませんね。

うちの場合は、巡り合わせがよかったのか、タイミングがよかったのか、幸いにも、嫁さんと「欲しいね」と話したタイミングでうまく子どもに恵まれました。

子どもを授かってからずいぶんと時間が経ってしまいました。一番下は中学生。どんなタイミングで子どもが欲しいと思ったか、なぜ我が家には3人の子どもがいるのか、思いついたまま書いてみたいと思います。

まずは前提条件として

嫁さんは高校の同級生です。高校2年のときに同じクラスになって知り合いました。ちなみに、生まれて初めて手編みのマフラーをもらったのは嫁さんからですσ^_^;

お互いの両親は高校の時から知ってました。嫁さんの母親とぼくの母とも、高校の個人懇談のときに顔を合わせたと言っていましたので、結婚するときに覚えていたがどうかはわからないけど、面識はあったようです。

嫁さんの実家は同じ市内で、ぼくの実家から車で15分。味噌汁は冷めるけど、煮物であれば鍋ごと持っていけばかろうじて温かい距離です。

結婚するときに住む家を探したのですがタイミングよく見つからず、とりあえずぼくの実家に居候することにしました。ぼくの両親も嫁さんも嫌がらなかったもので。

このブログではあまり書いてないかもしれませんが、実はそのまま実家に居候しており、世帯は分けているものの、同じ屋根の下で、ぼくの両親2人と、ぼくの家族5人、合わせて7人がひしめくように狭い家に住んでおります。

結婚前後に思ったこと

結婚前、嫁さんは実家に、ぼくは同じ大阪府内でも少し距離のあるところで一人暮らししていました。

週末ごとに車を走らせて実家に帰っては嫁さんに会っていたわけですが、いい加減毎週末のように実家に帰るのが面倒になり、いっそのこと結婚しようか?ということでプロポーズ。トントン拍子に結婚に至ったわけです。

高校の同級生ということもあって、どこかしら「友達」気分が抜けない2人で、結婚したものの子どもはどうしよう?何人欲しい?みたいな話は全くしてなかったんです。

おまけに、結婚式の1週間前に嫁さんが飼い犬に左手を噛まれて怪我をし、治療のために長く抗生物質を飲んでいたために、大事をとって避妊してたんです。子作りの実習はせっせとしてましたが(=゚ω゚)ノ

嫁さんの傷も癒えてきて、さあどうするかなぁ?というときに、ある事情で嫁さんの両親がひどく落ち込んでいたことがあって、早く孫の顔を見せてあげたいね、ということで、活動を開始したわけです。あ、違うな、活動はしていたけど、避妊しなくなったんです。

そうすると、すぐに嫁さんに生理が来なくなり、検査薬に陽性反応が出ました。産婦人科に行くと、2週目、とのことでした。

嫁さんの両親もぼくの両親も嫁さんも喜んでいましたが、オトコというものは呑気ですね。オンナを妊娠させておきながら、ぼく自身は子どもができたという実感はあんまりなかったです。

第一子となる長男は、ぼくたちが結婚して1年経過して無事に生まれてきました。

2人目どうしよう?

オンナってすごいよね。おっぱいあげている間は生理が来ないんですね。生理が来ないということは、妊娠もしないわけで。すごい仕組みになってますよね。

ちなみに、ライオンのメスはオスと交尾をしたあと、オスが他のメスと交尾しようとすると嫉妬して邪魔をするらしいですね。うちの嫁さんがライオンだったかどうかは知りませんが、妊娠中も産後もえらくベタベタしてきたので、仲は良かったです。産婦人科の先生に「活動再開してもいいですよ(=゚ω゚)ノ」と言われて、せっせと活動再開しておりました。生理はなかったけど念のため避妊はしてました。

どこの夫婦でも話題になると思われる「2人目問題」。2人目どうしょう?と話をしたときの嫁さんの考えは、「年齢的なことがあるから早く産みたい」「子育てしんどいから若いうちに済ませたい」とのことでした。

29歳で結婚して長男が生まれたのが30歳、女の人からしたら、年齢と体力のことは最優先課題だよね。長男が生まれたことによるてんやわんやの生活が始まったことで、子育ては若いうちに済ませておかないと、こりゃ体力持たんわ。

ということで、避妊しない活動を再開したところ、嫁さんに生理が1回来てから程なく妊娠しました(=゚ω゚)ノ

次男となる第二子は、長男とは年齢で2歳差、学年は1学年差となり、この世に生を受けました。

余計にてんやわんやだったかも

長男の成長は平均的で、寝返りの時期も、ハイハイも、つかまり立ちも、特に早くもなく遅くもなく、普通の子でした。喋り始めたのは少し遅く、しかも初めて発した言葉は数字でした。

うちの長男は小さな頃から数字が好きで、一番最初に発した言葉は、確か「じゅうご!」だったと思います。たぶん数字の「15」のことだと思うんだけど、なんでかよくわからないけれども、「じゅうご!」と言...

長男の成長に比べて次男の成長はとても早く、この子はなんで赤ちゃんの時期から生き急いでいるのだろう?と思うくらい、小さな頃から必死に成長しようとしていたようです。

喋り始めたのは10ヶ月頃、その頃にはもうつかまり立ちはもちろん、あっと言う間に歩き始めました。2歳になる前の正月には、テレビを見て「きれいなお姉さんは?」などと言っておりました。

その年、いつもの年と同じように明け、いつもの年と変わらぬように新年を迎えた。春には長男が3歳に、次男が1歳の誕生日を迎えようとしていた。いつもの年と同じように、朝からつまらない正月番組...

そのとき長男はまだ3歳、幼児というよりまだ赤ちゃんですわね。我が家は2人の赤ちゃんを抱えてでやわんや。

次男に手はかかるし、長男は焼きもち妬くしで、大変でした。もう少し歳の差を空けると楽だったのかな?という気はします。

次男にしてみれば、生まれてみたら「兄」という存在がすでにあったわけで、自分が生きていくには早く成長しなければ!という意識があったのかどうなのか分からないけど、「兄」を「ライバル視」しているのは確かです。

ちなみに、次男は長男のことを「兄」と呼んだことはなく、今でも下の名前を呼び捨てにしています。

三男の誕生

嫁さんが働き始めたことで、長男と次男は保育園に入ることになります。

すでに育児終盤に差し掛かっている、さかのうえのまろ(@sakanoueno_maro)です。ぼくのTwitterの友だちは、ひとまわりもふたまわりも若い方が多いので、お子さんがまだ小さい方が多い...

ある日突然嫁さんが「子どもが欲しい」と言い出して、何を血迷ったのか理由を聞いて仰天しました。

保育園で赤ちゃんを抱っこさせてもらったら、また赤ちゃんが欲しくなった。

長男、次男の友だちに下の子が生まれ、保育園に迎えに行ったときに抱っこさせてもらったら、野生の本能が反応したらしく、また子どもが欲しくなったらしいんですね。

オンナという生き物はどこまで野生の本能を持ってるんだよ?!って、びっくりしますよ。

さすがにこれは、2人も子どもがいてさらにもう1人となると、将来の人生設計や現時点での世帯収入、これからどれくらい収入が伸びるのか?とかを考えないと、家族5人、路頭に迷いかねないわけで。

結構、嫁さんと話し合いましたよ。真剣に。

結局のところ、経済的なことは今心配しても仕方がないし、そのときはそのとき、なんとかなるだろうという結論に達して、実習中だった子作り活動を本番に移したわけです。

そうしたらまた程なく妊娠して、無事に三男が生まれてきたわけです。
長男とは6歳差、次男とは4歳差(学年は5学年差)、長男が中学1年生のときに三男が小学1年生という3兄弟の誕生です。

長男次男と三男との関係

長男次男が競い合うあたかも双子のような感じなのに対し、三男は歳が離れているせいか、一人っ子のような雰囲気でした。

三男が小学校の高学年になるまでそんな感じでした。兄2人にすれば弟は幼稚で遊びの相手としては不足だったのかもしれません。

対して弟の三男は兄たちに構って欲しく、兄の友だちが遊びに来てもその輪の中に入っていく無鉄砲さを持っていました。

兄たちのやることは自分もやりたいんですよね。

ですから、兄たちがやっていた少年野球も、なんの迷いもなく、始めたわけです。(おそらく5年生で野球をやめたのは、このまま兄たちのマネをしていていいものかという自問自答もあったと思います)

現在の我が家の様子

お互いライバル視していた長男と次男は、小学生の一時期は取っ組み合いの喧嘩をするくらい仲が悪かったこともありましたが、今ではお互いを尊重しあって、夕食のときに2人が揃うと漫才を見ているようです。

三男はそんな兄たちを少しは尊敬しているようで、兄たちの漫才を聞きながら、たまにツッコミを入れてみたり、1人で独演会が始まったと思ったら、兄たちのツッコミに対して怒ってみたり、笑ってみたり。

三男も中学生になり定期テストが始まりましたが、テスト前には兄たちにわからないところを聞いています。無料の家庭教師ですな。

兄たちも弟が可愛いと思えるようになってきたのでしょう。忙しい受験勉強の合間に三男の勉強を見てくれています。

経済的にどうなのか?

正直なところ、苦しいです。子どもたちが小さい頃は年に一度、夏休みに旅行に行っていましたが、今はムリです。

子どもたちの大学進学の資金は奨学金を借ります。とてもじゃないけど、出してあげることができません。

ぼくも嫁も、両親に大学まで行かせてもらったのに、子どもたちの学資を出してあげられないのは、非常に申し訳ないと思っています。

でも、その他のことに関しては、満足まではいかなくても、不自由なく生活できています。

何より、子どもたちが健康に育ってくれ、家族みんなが健康なのが救いです。

子どもは授かりもの

ぼくたち夫婦には子どもが授かりました。これは運であり、タイミングであり、たまたまかもしれません。

夫婦にはいくつもの試練と危機があります。

嫁と冷戦状態なう。唯一の外交ルートだったLINEは私が切ってしまった。面と向かって口で言えばいいものを、LINEでぐちぐち文句を送ってくるため、閉口してブロックしてやったんだ。それから機嫌が悪...

子どものあるなしに関係がないかもしれませんが、夫婦の危機を子どもたちが救ってくれたことは幾度もありました。

ぼくたち夫婦の間に生まれた息子たちのおかげで、様々な経験ができました。子どもたちには感謝しています。

子どもは授かりもの。手にしたくても手にできないかもしれません。でも、手にするチャンスがあるなら、おふたりの宝物にしていだだきたいです。

兄弟の歳の差は結果であり、目指すものではないような気がします。授かるときに授かる、そう思います。

WEBのシステムを作ったり保守したりするSE/プログラマというものをしています。

ブログやってますがブロガーではありません。週末WEB随筆家です。
まろと呼んでください。

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