家族で鍋を囲んで思い出にひたるひとときが愛おしくて #ぶろぐのぶ

家族で鍋を囲んで思い出にひたるひとときが愛おしくて #ぶろぐのぶ
全国1億2千万の鍋料理ファンのみなさん、こんにちは。寒くなってきて鍋がおいしい季節になりましたね。鍋料理は馬路村のポン酢でたべたいさかのうえのまろ@sakanoueno_maro)です。

高知県の馬路村のポン酢、おいしいですよ。


これを使うと、他のメーカーのポン酢使えなくなりますから。ぜひ一度お試しください。

今日は「鍋料理」の話題ではなく、月に一度の「#ぶろぐのぶ」です。

「#ぶろぐのぶ」は、ぺこさん(@harapekokazoku)とぼくが毎月交互にお題を3つ出し合って、そのお題を網羅する記事を書く、という趣旨でやっています。

今月のお題は、私が出題したこちら、

「味」「鍋」「家」

です。

みなさん、どんな内容で書いてくださいますでしょうか?楽しみですね。

さて、参りましょうか?

子育て終盤のさかのうえ家

うちの息子たち、上から、19歳、17歳、13歳です。

長男は高校を卒業して浪人中。来春のリベンジを誓って、鋭意受験勉強中です。必ずしも大学生になれるとは限らないという、危うい立場です。

次男は高校3年生。長男が受験勉強で苦しむ一方、早々と指定校推薦を決め、来春からは晴れて大学生になれる予定です。アルバイトと彼女とのデートに余念がありません。長男とは対極的な立場ですな。

三男は中学1年生、反抗期です。兄たちに比べるとまだまだお子ちゃまです。少し歳が離れているのでマスコット役、悪く言うと、いじられキャラです。小学校6年生で一度やめた野球を、また再び頑張っています。

同じ親から生まれた息子たち。でも、三人三様の人生を歩みはじめていて、なかなか面白いものです。

いつもTwitterでやり取りさせていただいている方々は、ぼくよりも若い方が多いです。30代〜40代前半くらい。ひとまわりほど若い方が中心です。

みなさん子育ての真っ最中で、小学生〜未就学のお子さんがいるお父さん、お母さんが多いです。

方々のブログを読んでいると、うちもそんなことがあったなあ、とか、その視点があればもっと上手くやれたかもなあ、と、自分に照らし合わせながら、懐かしく思ったり、反省させられたりしています。

うちは長男が来年20歳、成人になります。子育てとしては、終盤です。

とは言っても、三男がまだ中学生なので、もうひと頑張りせんとあかんのですけどね。

いろいろあった20年

今でこそ平穏無事の(ように見える)さかのうえ家ですが、こと、子どもたちのことを振り返ると、様々なことがあり、その度に頭を悩ませ、いろいろな方にお世話になり、山や谷を乗り越えてきました。

「乗り越えてきました」って、偉そうですね。

後ろから押してもらって山の上に押し上げてもらい、躊躇してる間に後ろから押してもらって谷底へ落としてもらっていました。

あれ?なんかちゃうな?

ま、いずれにしても、今のうちがあるのは、まわりの方々の後押しのおかげです。

病気

とにかく、病気や怪我が多い兄弟です。

夜中に熱を出して夜間救急やってる小児科へクルマで走るなど、日常茶飯事でした。

保育園に入ってからの「溶連菌感染症」には悩まされました。ホントにしょっちゅうもらってくるんですよ。

保育園で流行の波があるんですね。別にそんな流行に敏感になる必要はないのですが、最先端を走りたかったのか、たいていもらってきてました。

溶連菌感染症は大人にはうつらないとのことですが、たいていそのタイミングで、ぼくも嫁さんも体調を崩すんですよね。

入院したこともありました。

長男は3歳の時に肺炎で3回入院してます。あの年は、親父も嫁さんも入院して、くじけそうになりました。

その年、いつもの年と同じように明け、いつもの年と変わらぬように新年を迎えた。春には長男が3歳に、次男が1歳の誕生日を迎えようとしていた。いつもの年と同じように、朝からつまらない正月番組...

次男は小学校6年生の時に「尿膜管遺残症」で入院しています。

「尿膜管遺残症」って、ご存知です?

あのフィギュアスケート選手の羽生結弦くんもなったということで、「あ、なる人いてるのね?」と思ったのですが、ごくたまになる人がいるらしいです。

赤ちゃんがお母さんのお腹の中にいるときは「へその緒」でつながっています。

おしっこもへその緒を通じて赤ちゃんの体内から排泄されています。

膀胱からヘソに向かって尿を排泄するための「管」があるわけです。それを「尿膜管」と言います。

この世に生を受けた瞬間に無用のものとなり、大きくなるにつれて体内に吸収されてなくなります。

普通の人はね。

まれにその「管」が残ってしまい、化膿してしまう病気が「尿膜管遺残症」です。

パパぁ!おへそからなんか出てきた!

!?

ある日お風呂に入るときに次男のおへそを見てみると、ジュクジュクとした膿が出てきていました。

前兆はあったんです。

少し前から「お腹が痛い」と言っていて、「でべそ」になっていました。尿管膜が化膿して、中から押し出ようとしてたんでしょうね。

すぐに近くの内科を受診して、大学病院を紹介してもらいました。

薬で化膿を抑え、痛みを散らすこともできるそうですが、高校受験や大学受験のときに再発してしまうことを考えると

ええ感じに膿んでるから、今の時期に取ってしまった方がええと思いますよ、お父さん。

!!

ということで、切除する手術を受けることになりました。

手術は、お腹に3か所穴を開けて、内視鏡を使って覗き込み、残っている尿膜管を切り取るというものでした。開腹手術と違って入院期間も短く、2週間ほどで退院できました。

それほど難しくない手術とはいえ同意書にサインしないとあかんわけですが、読んでみると、

  • 麻酔から目が覚めへんことがまれにあるけどゴメンやで
  • 手術に失敗して死んでまうこともあるけどゴメンやで

など、恐ろしいことが書いてあるわけですよ。

医者に

!?

って聞くと

一応念のためですから。

と言われたんですが、親としては心配ですわね。

無事に手術が終わって、次男が家に帰ってくるまで、うちの家は明かりの消えたようになっていました。次男が3人の中でいちばんにぎやかだったということもありますが、家族の誰かが欠けるということはこれほどまでに寂しいものかと思い知らされました。

あと、うちの次男くんは中学生のときに突然学校に行けなくなりました。「起立性調節障害」という、若い子に多い「自律神経失調症」のうちのひとつです。

朝起きられない、夜寝られない、昼夜逆転の生活。

このときも大学病院を受診していました。あと、市のサポートを仰いだり、学校の先生と連携したり。

いちばん困ったのが、中学校の担任の先生。

毎日のように様子を見に来てくれるのはいいんだけど、「次男に会わせろ」と、とてもしつこくて。

次男はしんどくて動けない状態だったので、先生には嫁さんから状況をお話ししてたし、学年主任の先生にも詳しくお話ししてたんですけどね。

担任の先生からしたら、子どもに会わせないのは「虐待ちゃうか?」「DVちゃうか?」という疑念があったのかもしれないけど。

毎日毎日家に来られる方の身にもなってよ。

うちとしては、大学病院も受診しているし、市のサポートも受けているし、学校の学年主任の先生にも連絡しているし、しつこく自宅に担任の先生が来られるのは、本当に迷惑だったんですよね。

大学病院の先生に相談したら、学校に電話してくれて、それからは担任の先生が押しかけてくることはなくなりました。

次男は半年間、学校に行けなかったけど、なんとか体調を取り戻し、学校に行けるようになりました。

半年分学校の勉強が遅れているわけですから「高校に行けないかも!?」という不安が大きかったのは事実です。

でも、そこからの彼の頑張りは、親の欲目を取り除いても、ものすごい猛烈なものがありました。

提出物は必ず出す。熱があっても体育の授業に出る。意地でも学校を休まない。

すべて、高校受験の内申点を少しでも上げようという彼の努力?意地?でした。

そのおかげで、公立高校に合格。高校に入ってからも彼の努力は続き、大学の指定校推薦を受けることができました。

半年間中学校を休んでしまったことで、自分の本来行きたかった高校に行けなかった。だから、大学受験では苦労したくない。そのために、毎日頑張って、指定校推薦を受けて、行きたい大学に行く。

すごいね。自分の子どもながら。尊敬するよヽ(´ー`)

ケガ

少年野球
病気も多ければ、ケガの多い兄弟でもありました。

うちの息子たちは3人とも小学校一年生から少年軟式野球をしてたので、野球がらみのケガが多かったです。

で、問題の次男。

長男が小学校1年生で少年軟式野球を始めました。長男は自分の意志です。

翌年、小学校に入学した次男。

半ば無理やり野球を始めさせた結果、イヤイヤしなければならなかったという側面はありました。

でも、3年生のとき、低学年の試合に出る機会があって俄然楽しくなってきたのか、もっと上手くなりたいと平日に自宅でも練習するようになりまして。

それはそれでいいことだと思っていたんですが、そのうち

パパ、肘が痛いねん

!?

と言いだしまして。

話をよく聞くと、毎日毎日、300球くらい壁当てをしていたそうで。

投げすぎですね。

右肘の内側の軟骨の剥離骨折。いわゆる「野球肘」というやつです。

関節の形成が完成していない小学生くらいまでに多いケガです。

ボールを投げることで、右肘から伸びる筋肉に軟骨が引っ張られ、耐えられなくなって、骨から剥離してしまうのです。

治療法は「ボールを投げないこと」。

野球が面白くなってきた子どもに「ボールを投げるな」というのは難しいものです。

痛くなくなってきた!

と言ってはボールを投げて、また再発。延々とその繰り返し。

次男の少年軟式野球生活は、肘痛との戦いでもありました。

長男も四年生のときに膝を痛めました。もともとX脚ということもあって、走るときに膝に負担がかかっていたようですが、キャッチャーをやり始めてから急に痛みだしたようです。

1か月くらい松葉杖を付いていましたかねえ?スポーツ整形外科のリハビリにも通って。

当時は嫁さんもぼくもかなり疲弊してました。次男の肘と長男の膝。ほぼ同時期でしたから。予約の都合で、毎週どちらかのリハビリに行ってた記憶があります。

でも、長男はそのリハビリのおかげで180°開脚ができるようになって、ファーストの守備でチームに貢献できました。

身長もあるし、180°足を伸ばして送球を捕るんだから、たいていの内野ゴロはアウトにしてましたよ。それで自信もついたようですし。

まさに、怪我の功名、ですねヽ(´ー`)

運動会

学校でのケガも多かったです。

いちばん強烈だったのは、次男の「目から血が出た!」事件。

嫁さんから連絡をもらって慌てて病院に駆けつけたら、保健の先生に付き添われた次男が待合室に座っていて。

どしたん!?大丈夫か!?

医者に話を聞くと、どうやら鉄棒に鼻をぶつけて鼻血を出したらしいのですが、鼻血が涙腺に溢れて目から血が出たということらしいです。

お父さん、鼻と目は繋がってますから。

!!

そりゃそうかもしれないけど、目から血が出たと聞いたら、びっくりしますやんか。

長男も次男も、保健の先生には、どれほどお世話になったことか。

本当にありがとうございました。

いくつもの山と谷を乗り越えて

アンコウ鍋
このまま続けて行くと「超大作」になりそうな雰囲気なので、ひとまずこの辺で。

まあ、子どもって、大きくなるまでにいろいろありますし、いろいろやらかしてくれますわ。

その当時は必死のパッチでしたよ。カラダや命がいくつあっても足りないくらい、苦しみましたし、悩みましたし。

でも、今から振り返ると、全部思い出なんですよね。

無理やり野球をさせた次男には、恨みつらみを言われました。

でも、彼は今でも野球が好きですし、バイトの先輩や学校の友人に誘われてキャッチボールしに行ったりしてますし。

「また、野球したいな〜」とか「野球やっててよかった」とか言ってくれてますし。

我が家独自の味付けの鍋を息子たちと囲みながら、あのときはこうだったね、あのときは大変だったね、あのときは頑張ったよね、そうやって話をしていると、すべての出来事が愛おしくて、懐かしくて。

必死のパッチの若いお父さん、お母さん、今の苦労は必ず報われます。思い出に変わります。

家族みんなで鍋を囲みながら、昔話をしてみる。そんな時間が愛おしい今日この頃ですヽ(´ー`)

WEBのシステムを作ったり保守したりするSE/プログラマというものをしています。

ブログやってますがブロガーではありません。週末WEB随筆家です。
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