写真を撮ることは逆上がりの練習にも似た何か

ユキワリソウ

確か、小学校4年生の頃だったと記憶している。

幼少の頃から運動音痴だったぼくは、逆上がりができないことがものすごく悔しかった。

体育の授業で鉄棒があったのだろう。

友人たちは「すいすい」っと、うまく回転して逆上がりをしている。ぼくはというと、思いっきり地面を蹴るのだが、カラダが鉄棒よりも上に上がらない。

「もやしっ子」ではあった。
背ばかり高く、腕も足も細く、胸はあばら骨が見えていた。

チカラも強くはなかったし、走るのも遅かった。カラダも硬かったし。

同級生たちに比べると、明らかに運動能力も身体能力も劣っていた。
それが明らかにぼくにとっての「コンプレックス」であった。

友人にできることが自分にはできない。
できないことに対してコンプレックスを持ちつつも、初めから諦めて物事に対して冷めた目で見ることが多かった少年時代だったが、なぜか、「逆上がり」に対しては執着した。

逆上がりができないことは、恥ずかしい。

そう思ったのかどうだったのか、今ではもうその時の細かい気持ちを覚えていないのだが、何にしても、逆上がりができないことを「悔しい」と強く感じていた。

学校から帰って、近くの公園の鉄棒で、何度も何度も逆上がりの練習をした。

何十回、何百回としたかもしれない。

気がつくと、太陽が西に傾き、空がピンクのようなムラサキのような色に染まり、あたりは次第に暗くなってきていた。

明日は逆上がりができるようになるかな?

オレンジ色の太陽を見ながら、そう考えていたことを覚えている。

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写真を撮ることも逆上がりの練習に似た何か

ヤブツバキ
最近、写真にハマっている。
とにかく、写真を撮ることが面白くてたまらない。

自分が見ている景色を切り出して画像にする。

写真を撮るということは、ただ単にそれだけのことに過ぎない。しかし、それだけのことに過ぎないにも関わらず、言葉に言い表せないくらい、楽しくて面白い。

スマホのカメラと違って、一眼レフで撮影した写真は家に帰ってからパソコンで見るまで写り具合が分からない。

カメラの背面に液晶ディスプレイはついているが、たかだか3インチほどの大きさのもので「写っている」ことは分かっても「写り具合」までは分からない。

家に帰ってからのお楽しみなのだ。

家に帰ってカメラからメモリカードを取り出し、パソコンに転送する。
転送した写真を一枚一枚見ていくと、なかなか思った通りに撮れているものが少ない。

本格的に写真を始めようと思って撮影に行くようになってからも、最初のうちは散々だった。

花が好きなので花の写真を撮るのだが、一枚撮ってハイそれで終わり、ではその花が綺麗に撮れているとは限らないのだ。

光の当たり具合、光の強さ、明るさ、晴れているのか曇っているのか、それだけのパラメータがあると、写真の写り方も変わってくる。

花自体も、様々な角度から見ると、見え方が変わる。

目で見たときは綺麗な花だと思ったのに、写真に撮ってみると、その時の感動が写真からあふれ出てこない。

残念。。。

そのことに気がついてから、一つの花の写真を撮るのに、多いときは20枚以上、撮るようにしている。

カメラの設定を変えてみる。
ホワイトバランスを変えてみる。露出を変えてみる。ISO感度を変えてみる。絞りを変えてみる。

もちろん、撮影する角度や位置、花との距離やフレームの中の構図も変えてみる。

そうやって、一回撮影に行って、1000枚近く写真を撮って、自分で納得がいく写真は多くて100枚、少なければ0。

なかなか納得がいかないものだ。

その感覚って、逆上がりの練習をしているときに似ているな、ふとそう思った。

鉄棒の握り方ひとつとっても、順手がいいのか逆手がいいのか、構えた時の腕の角度はどうなのか、地面を蹴るタイミングは?

逆上がりができるようになるまでは試行錯誤の連続。どうにか逆上がりができるようになってからも、失敗したり、何とか回転できてもぎこちなかったり。

満足いく逆上がりって、なかなかできないものだった。

その場で結果がわかる逆上がりと、家に帰ってからしか結果が分からない写真の撮影。

全く違うものだが、数をこなさないと納得いくものができない、そういうところが似ているな、そう感じた。

失敗の繰り返し

「庭」と呼べるかどうか怪しいものだが、自宅には狭いながらも庭がある。

同居している母が草花が好きで、季節ごとに違う種類の花が咲く。

写真を撮り始めるまでは庭の草花に目をくれることはなかったのに、写真を撮り始めると、庭の隅々まで目が向くのは不思議なものだ。

出かける用事のない週末の休みの日。
朝からカメラを持ち出して、庭の草花の写真を撮る。

ぼくの家は、大阪府の南部の山手にあります。とても田舎です。大阪とは思えないようなところです。 まわりを山に囲まれているためか、庭にはたくさ...

ラッパスイセン

この前はつぼみだったのに、今ではもう盛りとばかりに大きな花を開いている。

ラッパスイセン
先週はまだ芽が出ていなかったのに、今週はもうこんなに大きくなっている。

毎週のように新しい気づきがあってとても楽しい。その花々を写真に撮って、さらに楽しい。

撮影したらすぐに自宅の二階に駆け上がり、メモリカードの中身をパソコンに転送する。

うまく写っているか、どんな風に写っているか、ワクワクドキドキの瞬間だ。

一枚一枚写真を見て、写り具合を確認する。EXIF情報といって、撮影時のISO感度やシャッタースピード、絞りの値を確認する。

納得がいかなかったら、パソコンをそのまま放っておいて、再びカメラを手に庭に飛び出す。

先ほど確認した写真の情報を手掛かりに、カメラの設定を変えてみて、再び同じ花の写真を撮る。

そして、先ほど撮ったものと見比べる。

そうして何度も撮るごとに、何をどう変えたら何が変わるのか、指先が覚えてくる。

レンズのクセも分かってきた。

ぼくが使っているレンズはかなり古いレンズ。

手ぶれ補正なんか付いていないし、全般的に写り方が暗い。おまけにオートフォーカスも甘い。

そういうクセが分かってくると、少し明るい目の設定で撮ろうとか、シャッタースピードを上げようとか、「ピピッ」とピントが合ったことを知らせる電子音がしてからマニュアルに切り替えてフォーカスを調整しようとか。

どう対応すればいいのかも分かってくる。

逆上がりの時に、順手よりも逆手の方がやりやすいとか、地面を蹴ると同時に鉄棒を自分の胸の方に引き寄せるとか、練習を繰り返す時に分かってきたことを実践する。

まさに、写真の撮影と逆上がりの練習は同じだな。

WEBのシステムを作ったり保守したりするSE/プログラマというものをしています。

ブログやってますがブロガーではありません。週末WEB随筆家です。
まろと呼んでください。

いわゆる「画像直リンク」、画像の複製は固くお断りいたします。
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